@numa08 猫耳帽子の女の子

明日目が覚めたら俺達の業界が夢のような世界になっているとイイナ。

どう死ぬかより、どう生きたかを考えて生きたい

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)

最近は読書感想文ばっかりだなぁ。

Hard Things を読んで次はフィクションかなぁと思い読む本を探していた。そう言えばガイナックスのアニメはサブタイトルにSF小説のタイトルを使っていたなぁと思い「放課後のプレアデス」のwikipediaのページを開いた。

放課後のプレアデス - Wikipedia

最終話のタイトルは「渚にて」。以前から気になっていた本だったことを思い出した。

第三次世界大戦が勃発し、世界各地で4700個以上の核爆弾が炸裂した。戦争は短期間に終結したが、北半球は濃密な放射能に覆われ、汚染された諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国の原潜〈スコーピオン〉は汚染帯を避けてメルボルンに退避してくる。オーストラリアはまだ無事だった。だが放射性物質は徐々に南下し、人類最後の日は刻々と近づいていた。そんななか、一縷の希望がもたらされた。合衆国のシアトルから途切れ途切れのモールス信号が届くのだ。生存者がいるのだろうか? 最後の望みを託され、〈スコーピオン〉は出航する……。読者に感動をもって迫る永遠の名作。

ポストアポカリプス。直接的な難を逃れオーストラリアに住む人々の物語。SF的ギミックと言うよりも仮想の世界の中で人々がどう生きるのか、どう死んでいくのかをそれぞれの人々の目線で描くスタイルが自分の好みと一致した。

スコーピオンの艦長はアメリカ軍人の潜水艦艦長として。彼の部下でオーストラリア海軍の将校は一家を支える父親として。アメリカ軍人を愛した女性も叶うことの無い恋だと知っていてもそれでも一人の男性を愛した女性として。それぞれが最後の時を迎えた。その生き様、死ぬことへの恐れよりも誇りを失うことを恐れる人々の姿に心が震えた。

そう言えば、昔似たようなテーマのゲームが有ったなと思って記憶を掘り起こしてみた。「そして明日の世界より――」だ。

そして明日の世界よりー

こちらは人類が完全に滅亡するわけではなく一部の人の生存の可能性が残されていた。ただ、主人公たちは生き残ることよりも今を精一杯生きることに価値を見出していずれ訪れるであろう人類の再興の日のために遺産を残す。

どちらの作品も生きることに絶望することなく精一杯生きることが美徳であると表現されていた。一日居日を無駄にすることなく、あるいは無駄にすることすらも価値を持った一日だと振り返ることができるように生きていきたいものだ。

HARD THING -これからスケールしたい会社で働くときに読むべき指南書の一つ-

HARD THINGS

HARD THINGS

本を読んで、CEOって大変だなぁと素直に思った。投資家やベンチャーキャピタルから出資を受けて創業CEOとして経営を回すことはこの世で最も難しいことの一つだ。成果が出なければCEOは取締会から解雇されて、経験も成功事例もあるCEOに後継を奪われる。その結果、自分が成したかった夢やビジョンを諦めることになる。

自分は経営者やましてやCEOではないけれど、4人だけの会社で限りなく経営に近いことも考えて社員を努めている。だからこそ、経営者やCEOが何を考えるべきなのかを知りたくてこの本を読んだ。その動機は著者が文中で述べているように「CEOのマニュアルがない」からだ。

実際の所、成功事例や失敗事例はある。しかし、マニュアルはない。「こうすればうまくいく」というお手本のような解答例は無い。そんな物はこの世に存在し得ないことが、この本を通して学んだ一番の事実だ。

もしも一緒に会社に誘った友人を解雇しなければならなくなったら。もしも雇った社員が友達が経営する会社の社員だったら。もしも、出資者に対する大切なスピーチの日に妻が病気で倒れたら。そんな事象にたいするマニュアルは存在しない。著者のベン・ホロウィッツが何を行ったのか、どう考えて行動をするのかという行動指針の提示はあるけれど具体的な行動内容は提案してくれない。それはその時の人間関係や緊急性と言った状態によって定まるものだからだ。

ただ、この本から学んだもう一つのことは誰もがこういった悩みを抱えているという事実だ。誰もが解決できない問題を前に眠れない夜を過ごしたり後悔をしたり時には失敗を、時には成功をしている。マニュアルがないこと、誰もが悩むこと、これがこの世にCEOが存在する限り揺るぎない事実として存在し続ける。

この本を読んでCEOを目指すのももしかしたら、ありかもと思った。少なくとも、今の会社を大きくして社員を雇い組織をデザインするときにもう一度読むだろう。

解答のない荒波の世界の中で生きていく時の羅針盤や地図とは言わずとも、望遠鏡として非常に素晴らしい本だった。

ルールをハックする喜び 「俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する2」感想

2巻出ましたね!おめでたい!!

友人の @kaname_aizuki氏のデビュー作「俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する」の2巻が出ました!!

前作のレビューはこちら。

numa08.hateblo.jp

ザザと一緒に新たな街ウルテラを訪れた幹人たち。そこではギルドの頂点を決める“大精霊祭”を前に活気づいていた。初めて見る精霊魔法に興味津々の一同、さらに大会のルールを聞いて驚愕する。前衛の精霊使いと後衛の補助役のタッグ戦―「これってなんかロボコペみたいじゃねえ!?超楽しそお!!」どうにかして出場するために動き出す幹人たちだったが…。精霊魔法も分析、解析!ますます盛り上がる高専生たちの普通じゃない超英雄譚、第2弾!

前回はおっかなびっくり世界の法則を調べ、なんやかんやあってギルドを結成し強敵を倒した高専生の彼らですが今度はちゃんと「ルール」のある大会に出ることに。

そう、ルール。残念ながら、理系の人間はルールが大好きなんです。

そもそもルールとは公平に勝負をするめるために用意されたもの。向かい合う者同士、自分の持ってる実力を発揮するための物だと思う。しかし、高専生というか理系の人間と言うのはこういうルールの隅を突きたくなる。

試験とかで問題文に不備が無いかを真っ先に探すタイプの人間になってしまいます!!

そんなわけで彼らが出場することになった大精霊祭。ルールはシンプル、精霊を使って陣取りをして一定時間以上自分の陣地を埋めたほうが勝ち。

FPSなんかのフラッグ戦と同じルールですね。

ただし、序盤で判明する驚愕の事実。それは「精霊の定義が曖昧」!!

ワクワクしますね。どんなものでも認められればそれは精霊になるんですから。現実世界でのロボコペに出場できなかった彼らはそのリターンマッチのつもりで大精霊祭に臨みます。ルールブックを熟読し違反しないギリギリのラインで、彼らの持つ技術者倫理に反しないレベルで。

ルールの中で無茶をする、自分が大学のときにサークルや実験なんかで良い成績を出すのは彼らのような人間だった気がします。そして、それは今も限られたルールやリソースの中で最大限、普通とは違った発想ができる人間の方が、優れているかどうかは知りませんが面白いし一緒に何かをやりたい、そんな魅力的な人間だと思います。

そんな、人間として個人的には魅力的、社会的に見た時は明らかな異端の彼らの冒険の第2幕。人間関係も前回より濃いものになって開幕です。

秩父ウィスキー祭に行ってきた

第4回秩父ウィスキー祭に行ってきたので、レポです。

秩父ウィスキー祭 2017 | JAPAN ATTRACTIONS

当日券はないよ

レッドアローで行きました。池袋から乗車をしますが、西武百貨店の地下には日本各地の駅弁コーナーがあります。駅弁を食べると旅感が出ますね。

車内放送で秩父ウィスキー祭の当日チケットは既に売り切れたと放送されていました。4回目の開催となると人気が出てくるのか前売り券で終わってしまうようです。来年以降参加をされる場合は気をつけたほうが良さそう。

入場券代わりのグラス

面白いことに入場券を使ってテイスティンググラスと引き換えることができました。このタイプのグラス、以前は東急ハンズで見かけたのですが最近はないようなので有り難いですね。

ただひたすらにウィスキーを飲む

入場料4000円で出展ブースの殆どのウィスキーが試飲可能。いわゆる飲み放題です。また、一部有料試飲もあって、普段よりお安くレアなウィスキーを試すこともできるようです。

非常にピート、そして麦の香りの強いウィスキー。調べるとシングルモルトとして市場に出回ることはほぼなかったそう。わりと麦がエグいので万人にはお勧めできないけれど、この子を使ったブレンデッドを探して比較などをすると楽しそう。

アイラ島のウィスキーだけど水色のボトルの方はアイラ島のピートを利用していない。アイラ島といえばピート!と思っていたが、この蒸留所は麦にこだわってウィスキーを作っているとのことで面白い。水色のボトルのものが蒸留所のベンチマークモデルで、この子をベースに麦の種類が異なるもの、ピートを加えたものとシリーズが続く。

スコットランドの麦を利用したものはチーズのようなフレーバーが、アイラ島の麦を利用したものはより味が濃く変化をしたような感じ。そこにピートを加えたもの、より強くピートを加えたものと続いていくが、ベンチマークモデルを試した後だと完全に舌で味が分解されて面白い。

ピートが非常に強く効いている。しかし飲みくちは水割りのように滑らかなので、案外苦手な人にも勧められるかもしれない。自分はいつもウィスキーを飲んだことがない人、苦手だけど挑戦したい人にはグレンフィディックを勧めるのだけど、その次の一杯として良いのかも。

本当はもっと色々と飲んだのだけど、ちゃんとレポートを残してあるのはこれだけだった。

会場となった秩父神社。境内の外では出店が出ていて祭りを盛り上げている感じ。もつ煮込みがうまかった。

帰る

ベロンベロンに酔っ払ったので秩父で一泊。本当は翌日は車でも借りて観光をしようと思っていたのだけれど、宿が寒すぎて風邪を引いたのでおとなしく帰って寝ました。

レッドアロークラシックに乗れたのでラッキー。

読んだ:デザインスプリント ―プロダクトを成功に導く短期集中実践ガイド

デザインスプリント ―プロダクトを成功に導く短期集中実践ガイド

デザインスプリント ―プロダクトを成功に導く短期集中実践ガイド

僕が所属している会社、合同会社コベリンは自社開発、運営のサービスやアプリで収益を上げていきたい思いがある。現実にはそうなっていないのだけれど。

その思いから、社内でのリソース配分を見直してリリースをしたのが rocket-ci だった。

残念ながらこのサービスはリリースを予定していたところに、 Amazon が類似の CodeBuild をリリースしてきたために開発ペースを落として、会社内における価値を当初の収益を上げるサービスとは違うものとして設定している。

どうしてこうなってしまったのだろうか。その理由の1つがプロダクトデザインだったのかもしれない。

「デザインスプリント ―プロダクトを成功に導く短期集中実践ガイド」は非常に読みやすい本で、前半の章でデザインスプリントとは何なのか、なぜ行うのかを説明してくれた後に後半の章で具体的な実践方法を説明してくれる。実践の方法もリファレンス形式なので後から読み返すときに発見が簡単だ。

プロダクトデザインということについて、そう言えば僕たちはしっかりとした方針や手法を確立することなく、いきなりプロジェクトをスタートさせてしまったかもしれない。今にして思えば、もっとしっかりと事前の検証や競合の調査についても行っておけばよかった。 AWS CodeBuild はまだリリースされていなかったが CodeDeploy なんかは既にリリースされていたので、そこから今後の動向予測として CodeBuild に相当するもののを思いつくことができたかもしれないし、そうなればリソースの配分やプロダクトの目的、プロジェクトの進め方を考えることができたかもしれない。

良い失敗体験だったとは思うけどね。

この本が解説をしてくれるのはあくまでもプロダクトデザインだ。プロジェクトに参加するメンバーとできれば顧客、決定権を持った会社の偉い人が参加をして製品の方向性を決定する。プロジェクトがスタートする最初かあるいはそれ以前に行うべきことだ。

デザインスプリントのお陰で最初のアイデアをブラッシュアップすることもできるし、場合によっては製品自体が誰にも求められていなかったことが判明するかもしれない。

しかし、それは製品が成功することの補強にはならない。どちらかと言うと早めに失敗するための手法だ。

西海岸の方では早めの失敗が推奨されると言うが、自分の持つアイデアを世に出す時には中々失敗を認められないものだ。

この本を読んで客観的にアイデアを見直し、早めの失敗を何度も繰り返していずれは大当たりをするサービスをリリースしたい物だ。

虚構と現実、シン・ゴジラ

昨年夏にTOHOシネマズ新宿でシン・ゴジラを鑑賞して以来、いつかは感想を書かねばならないと思いつつもうまく文章に表現できないまま年を越してしまった。昨年末に発売されて配送されたジ・アート・オブ・シン・ゴジラをようやく読み終え、劇中で謎だったラストシーンの人の姿をした物の正体も分かってしまったところで、シン・ゴジラについて書いていこうと思う。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

自分は生まれた年代的に1954年のゴジラをスクリーンで見たわけではないし、もちろんそれ以前の太平洋戦争や東京大空襲のような災害や戦争を経験したわけではない。しかし、3.11の東日本大震災を通して感じた「日常が簡単に崩壊する」かもしれない不安や恐怖をシン・ゴジラを通して60年前の人々と同じように感じた、ような気がしている。

物心がついた頃から映画作品のゴジラには身近な存在だった。丁度、1984年版のゴジラが公開されて平成ゴジラシリーズが始動、幾つかの作品が作られた頃に幼い時代を過ごしたので、vsモスラやvsメカゴジラを地上波で放映されたものを録画して見たり、vsスペースゴジラやvsデストロイアを映画館で見た記憶がある。それ以外にも、父親がレンタルビデオ店で昭和ゴジラシリーズをレンタルしてきたので、カラーになった頃のものはいくつか見た記憶がある。

怪獣総進撃は面白くないと父親に言われたのを振り切って見てみた結果、やっぱり面白くなかったなぁとか思っていた。

初代の1954年ゴジラを始めてみたのは高校生の頃だったか。最初に見た時の記憶は曖昧だが、大学を卒業するか社会人になった頃に改めて1954年のゴジラを見たときにようやく「これは戦争の追体験なのだ」と理解をした。

品川から上陸し東京を蹂躙して海へと戻るゴジラ。その痕跡は歴史の授業かなにかで見た東京大空襲の様相を思い起こさせた。

そして、3.11。バイト先で地震にあい徒歩で帰宅。ニュースで繰り返し報道される津波の情報、電力不足による輪番停電。昨日までの日常がたった1日で転覆してしまう。しかしそれでも週明けのバイトのことを気にして日常へしがみつこうとしている。今までに体験をしたことのない事件だった。

シン・ゴジラを初めて見たとき、自分は確かに3.11のことを思い出していた。未曾有の災害が発生したときに日本はどうなってしまうのか、自分自身の日常はどうなってしまうのか。目の前に迫ったリアルな死。

呑川を遡上するゴジラを眺める人々を見ながら、「頼む、頼むからそこから逃げてくれ」と心の中で願っていた。

気がつけば、完全に映画の中に取り込まれていた。

その一方でゴジラというエンタテイメント作品を若干斜に構えて、オタクにありがちな上から目線の「評価してやろう」な目線で見ようと試みていた。小さい頃からゴジラ映画や怪獣映画をそれなりに見てきた自分をうならせる作品になっているかな? そんな斜に構えた思いは品川に上陸したゴジラ第2形態を目にした瞬間に打ち砕かれた。

なにこれ、キモい。

これは確実に今までのゴジラとは違う。斜に構えた目線で見ていてはならない。ピュアな気持ちで、初めてゴジラを見た気持ちで、記憶をリセットして!!!

4足歩行をするゴジラ(実はこれはゴジラではないのでは?とも思ったが、伊福部昭ゴジラのテーマがかかっている以上、ゴジラであると理解をした)を見て、庵野監督の挑戦を全身全霊で受け止める義務感みたいなものに駆られた感覚を覚えている。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラでも4足歩行のゴジラを出現させることは、東宝に対して無茶な注文をしている自覚が庵野監督にもあったようで、ロングインタビューで語られていた。

第2形態から第3形態に進化をするゴジラ、それを前に有効な対策を行うことができない縦割りの行政。「日本はこんなにも駄目な国だったか・・・なんとなく思い当たる部分があるから見ていて辛い」感じ。

そして第4形態となっての再上陸。多摩川で展開されるタバ作戦のころには悲惨さや辛さを脇において戦車や戦闘機、自衛隊の兵器が活躍をする「格好良さ」に惹き込まれていった。

シン・ゴジラのすごいところはやはり現実と虚構の書き分け、つまり「実際に未曾有の大災害が発生したときの日本」のシミュレートと大災害に対抗をするために映像的、フィクション的に面白い手法で戦う日本のギリギリのラインが上手くぼかされている部分だと思う。

庵野監督もインタビューの中で

虚構部分を支えるのが現実描写の強度

とお話をされていました。現実部分がかなりしっかりと描かれているが故に虚構部分、フィクション的部分や映像的に面白い部分がより映えているということです。

実際の街並みが破壊され、何百人何千人の人々が犠牲になっても「面白かった」「すごかった」と言ってしまう。フィクションだから当然なんだけれども映画の中に惹き込ませる現実的な描写と映像を楽しませる虚構が上手く使い分けられている。

タバ作戦も橋が吹っ飛ばされて戦車が下敷きになった瞬間に「あぁ、人類はゴジラには敵わないな・・・」と同時に「やはりゴジラはこうでなくっちゃ」と更に先の展開をワクワクして期待してしまう。

このワクワク感、期待感はゴジラ放射線攻撃の開始時点で更に高められる。

地面に向かって炎を吐き東京を火の海に包むゴジラ。見覚えのあるビルが燃え、もしかしたらまだ避難が完了していない人も巻き込みながら超高熱のビームへと変わる。そして内閣総辞職。

描かれてはいないが犠牲になった人々がいることを感じながらも「ゴジラが・・・ゴジラが・・・もっと・・・もっとだ!!!」と否応無しに高まる期待。

牧元教授の残した解析図の謎も解けてゴジラへの対策も進み決行されるヤシオリ作戦。

そして、あの、宇宙大戦争マーチと!!!無人在来線爆弾!!!!!

その手があったか!!!

その手がったのか!!!!

日本には!!!!

電車があったか!!!!!

無人在来線爆弾!!!!

声に出して言いたい日本語

無人在来線爆弾!!!!!

かくして凝固剤を投入した特殊建機小隊の活躍によりゴジラは活動を停止。東京を蹂躙した脅威は去ったのである。

シン・ゴジラの現実的部分は確かに自分たちが経験をした災害を思い出させる恐怖として描かれていた。もしかしたら、この気持ちは太平洋戦争を経験した人たちが1954年のゴジラを見たときの感覚と近かったのかもしれない。時間を超えて過去の人達と同じかもしれない感覚を味わうことができることに映画というものの凄さを感じた。

そしてエンタテイメント作品としてのシン・ゴジラは圧巻の迫力の無人在来線爆弾を始めとして無人新幹線爆弾やゴジラ放射線攻撃、背びれや尻尾のビーム、ミニチュア特撮とCGの融合などを楽しむことができた。

Blu-rayの発売が待ち遠しいですね!!

「俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する」感想

友人の @kaname_aizuki氏がラノベ作家とデビューをされました。おめでたい。デビュー作の「俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する」の献本をいただきましたので、感想を。

高等専門学校高専に通う幸成たち12名の学生たちが目を覚ますと、そこは異世界でした。ロボコペ優勝を目指してガレージで徹夜作業をしていたはずの彼らが、まず行ったのは……物理法則の確認! 摩擦、空気抵抗、重力、電気抵抗と、自分たちの知識を駆使して、その土地を調べ上げるメンバー。ひとまず生命が活動することができることを確認した彼らは、これから始まるサバイバル生活に落胆することしかできず……。しかし、森で廃棄されていた魔道具【マジックアイテム】を拾ったことで、彼らの運命は大きく動き始める――!

高専生という生き物は面倒くさい。万物の現象の理由を探り、仕組みを解析し、正確さを求める生き物。弊社は4人中3人が高専卒ですが、この本を読みながら「うん、うん、わかる。わかるよ」という気持ちになります。と言いつつ、自分も理工系の大学出身なのでまぁ似たようなものかなと思ったりもするのですが。

異世界に飛ばされた彼らのやること、それらはかつて自分たちが大学の頃の活動とそして今の仕事と重なる部分があり、青春を感じさせる1冊でした。

仕組みと言うものに我々はどうやら非常に心を惹かれるようです。見ず知らずの世界に飛ばされたとき、まだ誰も自然法則を解明し理解していないのならば自分たちがやればいいじゃないか、そう思う心理に共感できます。

現象を観察し、その理由を推測し実験を行い考察を経て自分たちの制御下に置く。これが科学であり人類が文明を発達させてきた愚直で、だけれでも堅実な手法です。

しかし、異世界の人々はそうではありませんでした。彼らには「魔法」があります。魔法は科学とは違い現象が発生する理由がありません。あるいは、あるのかもしれないけれど誰も気にしないもの。

異世界からやってきた高先生たちは誰も触れなかった「魔法」の発動の理由に興味を持ってしまいます。魔法物のフィクションとしては若干タブー。個人的にはこの部分がちょっと不安でした。フィクションの中の魔法は魔法として描かれるからこそ華であって、理由の調査をしてしまうのってどうなの・・・?ただの科学公証本になっちゃうのでは?そんなことも思ってましたが、不安は良い意味で裏切られました。ネタバレは避けますが、魔法は魔法のまま、しかしその原因を追求する姿勢も尊重する部分に著者の優しさや、魔法を扱うフィクション作品への尊重を感じました。

物語の後半、主人公たちは強大な敵(物理)に対峙をするためトライアンドエラーをひたむきに続けます。世界の中で誰も作ったことのないアイテムを作るために努力をする。その光景が、かつて自分が大学の講義や研究室で何度も何度も値を調整し結果を確認していたあの頃を思い出しました。

現象を観察し理由を推測し、実験を行い考察をする。そのプロセスが自分が大学生だった頃や今の仕事に向き合う気持ちに重なる部分があり、青春を感じさせる作品でした。