海底鬼岩城のこと
2025年9月6日放送のドラえもん誕生日スペシャルで、2026年春上映の映画が「新・のび太の海底鬼岩城」であると発表されました。このブログはその衝撃を受け止めるため、1983年公開の「のび太の海底鬼岩城」を見て思ったことを取り留めも無く書いています。
なお、すでにアサヒスーパードライロング缶を3本開けました。
海底鬼岩城と俺
海底鬼岩城はどうあっても俺とドラえもんの人生の中で切っても切れない関係にある映画であり原作です。そもそも映画ドラえもんシリーズに「原作」があることを始めて認識した漫画です。
ドラえもんの漫画は俺の場合、先にアニメがあってその後で漫画と出会ったので「アニメの元になった漫画があるのか!!」と驚いた記憶があります。同様に映画ドラえもんでもその原作とされる漫画があることを始めて知ったのが海底鬼岩城でした。
たぶん、地元の廃品回収で誰かが捨てた漫画を拾ったのが出会い。ドラえもんの漫画、と言うだけで当時の自分の力で入手できる全てを手に入れようとしていたあの頃、初めて出会った映画原作が海底鬼岩城でした。
映画の方は先に見ていたので、映画と比較しながら読むのが楽しかったことを覚えています。例えば、マリアナ海溝の底にたどり着いたシーン。映画では省略されていましたが、ジャイアンとスネ夫が岩壁に自分の名前を彫るシーンが印象的でした。あと、のび太がヒトデを地上に持って帰ろうとして、ドラえもんに止められるシーンも。海底の水圧に対応した生き物を地上に持って行くと内圧で破裂してしまう。言われてみればなるほどだけれども言われないと思いもしなかった。そんな記憶があります。
後は、ポセイドンをバギーちゃんが撃破した後のシーン。事情を知らないドラえもんが「やったぜしずちゃん!!」とやけに格好いい顔で叫ぶシーンが印象的でした。ドラえもん、事情を知らないとは言え空気を読んでないな・・・って思った記憶があります。もっとも、当時は「空気を読む」なんて言葉はありませんでしたが。
言葉として「海底鬼岩城」
この漫画、そして漫画では「鬼岩城」と「ナバラの神」という言葉が出てきます。どちらもたぶんF氏の創作語録です。でも、どちらも本当にありそうと思えるリアリティがあります。日本のどこかには「鬼岩城」がある気がするし、世界のどこかには「ナバラの神」がいる気がします。前者は存在しないし後者は「大海原」のギャグなんですけれどね。この辺りは大魔境の「ヘビースモーカーズフォレスト」に通ずるものがありますね。
漫画は「原作」なのか
当時の映画製作現場は分かりませんが、漫画の連載が映画公開前年の82年8月号から翌年の2月号。連載開始前から脚本とかプロットみたいなやつは上がっていたと思うと82年の春には企画がスタートしていたと思います。となると「原作」と言うより「メディアミックス」がしっくりきますね。なんてことを大人になった自分は思っていますが、昔は「原作」だと認識していました。ああ僕は、いつごろ大人になったのだろうか。
人間らしさ
海底鬼岩城を語るうえでバギーの特攻は避けられませんね。さっき映画を見て気が付いたのですが、ジャイアンが海底人エルの危機の際、後先考えずにカメレオン帽子をキャンセルして飛び出します。ドラえもんのフォローでバトルフィッシュを撃退しますが、ドラえもん一行は逮捕されることに。首相との約束、そして「何万年も前のカビが生えた」法律によって死刑を求刑されたドラえもん達にエルは「仲間の危機に危険を顧みずに飛び込む人間らしい行動」と言いました。
これ、この後のバギーのセリフ「バギーであることが悲しい」にかかっているんです。バギーはポセイドンに特攻をします。しずかちゃんを悲しませた相手に、しずかちゃんを危険な目に合わせた相手に向かって自分の危険を顧みずに飛び込むバギーちゃん。
エルの言葉を借りるならバギーが「人間らしい」行動をするシーンです。バギーはバギーであって機械だしコンピュータだけれども、その行動は人間らしかった。
ドラえもんと言うロボットだけれど人間らしい行動をする存在にバギーが近づいた瞬間かもしれません。ドラえもんはハツシバ工場のエラー品の設定を採用するなら、ロボットだけれど人間っぽい存在。鉄人兵団のしずかちゃんがリルルを看病するシーンに通ずるものがあります。不条理こそが人間。理論的なだけでなくあえて不条理を選ぶのが人間なのかもしれない。そう藤子・F・不二夫も言っていた。
バギーのその後
ギガゾンビの逆襲で復活するとは思わんかった。良いキャラしてたしあのタイミングだと結構強い。
リニューアルから20年。のび太の恐竜から20年。
2005年のドラえもんスタッフ・キャストリニューアルから20年が経ちました。旧キャストの方々は多くが鬼籍に入られました。20年。つまり、46年。ドラえもん20周年の年って何がありました?公開された映画は「のび太の宇宙漂流記」でした。F先生が亡くなられて2年。主題歌はSPEED。今にして思えば、移民という現代に通ずるテーマを描いた作品でした。
海底人と出会える日
海底鬼岩城のラスト、エルと別れたドラえもん達は「いつか、海底人とまた出会える日」を願ってエンディングを迎えます。私たちは今、海底人と出会って友達になれるのでしょうか?海底人の言っていた「血みどろ」の歴史を繰り返している気もします。F先生の作品「大予言」。彼の未来に対する絶望を感じなくもない時代を迎えているようにも思います。
それでもと言い続けろ!!!
F先生はその一方で「老年期の終わり」や「あのバカは荒野をめざす」で絶望的な未来に踏み出す者のエネルギーを描いていました。次こそは。次こそは、必ず・・・!!若者のエネルギーに対する希望、未来に対する絶望。その二つを信じる。私たちはその「対極主義」の中を生きて行くしか無い。
道が無いから面白い。そう、岡本太郎も言っていた。
人魚大海戦とかその辺
むかーし人魚大海戦のオールナイト最速上映を見に行った時、海底鬼岩城やりたかったなぁって監督さんが言ってた気がする。今回の監督、矢嶋哲生氏はドラえもん映画監督としては初登板です。
20年以上続いたスタッフとキャストの映画です。もはや安心感しかない。来年の春、またお会いしましょう。