火星の人、アルテミスに続く長編第三作。全2作と同様に「明瞭で読みやすい文章」そして「科学的な課題の解決がプロット」となる構成を引き継いでいるので、理系的・科学的な文章が好きならすぐにのめりこむことができる。 記憶喪失の主人公(しかしどうやら科学に明るいらしい)が自分が今いる場所はどこなのか?なぜ、そこにいるのか?を科学的現象の計測と実験で明らかにしつつ、断片的によみがえる記憶が徐々に現在に近づいてくる・・・という2段構成になっている。読者としては徐々に明かされていく謎とそれを解明する実験の数々に常にハラハラしながら楽しめる。上下2巻構成なので量も沢山あって嬉しい!! 映画の予告編がすでに公開されているが、気になるなら予告編も見ないまま書籍を読むか映画を見た方が良い。
以下ネタバレ
「しあわせ!しあわせ!しあわせ!」
1作目は火星基地での遭難、2作目では都市レベルの陰謀と続き、ついに地球規模どころか最終的に宇宙規模で発生している災害であることが明らかになる。思えばウォーフォル氏の作品で主人公は孤高の存在ではなく、主人公を遠隔的にサポートしてくれる存在がいてストーリーが成り立っていた。科学的に優れていても技術的にそうとは限らない。またはその逆。主人公を支える相棒の存在は欠かせないが、今回とくに同じ船で壁一枚隔てて(エアロックあるから1枚じゃないが)活躍するバディ、ロッキーが物語の核になっている。彼の存在が徐々に主人公のモチベーションへと変化する行程が素晴らしい。取り戻した記憶の中で教員だった主人公は、初めの内こそ地球の人を救うためロッキーと協力し問題の解決を図っていたが最終的にすべてを思い出した彼が自暴自棄にならず最後まで仕事をやり遂げることができたのは、一重にロッキーのお陰だろう。人生の中で最高の相棒に出会い、仮説検証によるアプローチで言語の相互翻訳を実施しピンチになればお互いに命を懸けて助け合う。このバディ物としての完成度の高さが熱い。 地球や宇宙の危機なのだけれど、その解決方法がたった二人の人間に託されていてミクロな視点で問題解決が進行しつつ過去パートで伝え聞くマクロレベルでの状況説明も世界観を広げつつもノイズとならない構成である点が良かった。 流石にアストロファージの設定で、摂氏95度くらいの中で陽子同士の衝突によるニュートリノの抽出は無理が無いか?と思いつつも、SF的に見ると全体的に良い感じになっているのでヨシ。 めっちゃ長いので子細に覚えていないが、その分いつか再読する楽しみにもなりそう。
映画の予告編を見て見ると、主人公が乗船をする理由が変更されていそう。メンバーの死亡による急遽無理やり搭乗、ではなくなぜか選ばれた科学の教師というハリウッド的な物となっている。個人的には無理やり乗船させられたことを思い出した主人公が、その時点ですべてを投げ出したり自暴自棄にならずロッキーも助けつつ地球を救うことを忘れなかったのはロッキーのお陰だったのでは?と思うので、無理やり乗船と言う部分がどう描かれるのはやや気になる。全体的に面白い映画にはなりそうだけれど。
