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@numa08 猫耳帽子の女の子

明日目が覚めたら俺達の業界が夢のような世界になっているとイイナ。

災禍の中で起きた悲劇。目を背けては、いけない

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関東大震災 (文春文庫)

吉村昭氏の作品は、昨年「戦艦武蔵」を読んで以来、戦艦陸奥の謎の爆沈事件のルポ「陸奥爆沈」、短篇集「架空の戦記」と幾つか読んできた。いずれも太平洋戦争やその前後を描いた作品で、著者による入念な調査と取材によって描かれていて、ちょっと上の世代的には有名な作品らしい。

吉村昭氏の作品は、どれも真に迫るリアリティを感じる。「今と同じ連続した時間軸上の過去に、こんな世界が、社会があったのか」と今まで知らずに過ごしてきた真実を突きつけられる。そして、60年、70年の規模では人間は変わらない物なのだろうかと考えさせられる。

今回読んだ「関東大震災」も、そんな僕が今まで知らなかった、知らずに過ごしてきたそう遠くない世界の記録だ。1923年9月1日、その日付は「防災の日」として僕らの記憶に残っている。中学の歴史の授業でも、わりとページが割かれていたと思う。

今では考えられないこと

関東大震災で最も使者が出た場所は、陸軍本所被服廠跡地、現在の横網町公園らしい。避難してきた人々が持ち込んだ家財道具などが燃え広がり結果火災旋風を巻き起こし避難していた方々の大半が焼け死んでしまったという。その他にも、吉原では多くの娘たちが出火した建物から逃げることもできずに焼け死んだ。地方から出てきた彼女たちは、完全に管理された存在であり自由に逃げることすら許されなかったのだ。

いずれも、今の少なくとも僕の常識では考えられない。地震で逃げるときに大きな家具を持ち出すことも無いだろうし、逃げることすら許されないなんて人権無視以外の何でもない。しかし、これが90年前の世界なのだ。そして、我々はその延長線上にいる。自分の行いに不備はないか、その時の「常識」ではなくもっと大局的な未来を見据えた判断ができるだろうか?

今でも考えられること

関東大震災と言えば忘れられないのはデマ、流言だろう。中でも朝鮮人に関するそれは凄まじいものと中学の授業でも習った。

社会主義者が朝鮮人と強力して放火している」

地震の起こった日の夜七時頃、横浜市本牧町付近で、「朝鮮人放火す」という声がいずこからともなく起こった。

さて、いずれも全く真実とは異なる流言だったと言う。しかし、これらのデマは人々の間にあっという間に広まりその結果朝鮮人朝鮮人と思われた日本人の虐殺が発生した。著者は、その原因を「当時、日本人の心にあった朝鮮人に対する後ろ暗さ」と分析する。日韓併合が1910年。また、社会主義者に対する弾圧もまた行われていたらしい。それらに対する朝鮮人社会主義者の反発がこの震災を気に起こるのではないか、と。

現代の日本に於いて、そのような事件が起こるだろうか。デマを発端とする虐殺が発生するかどうかは、多少疑問があるのだが、しかし緊急事態でデマに流される現象は3年前の地震でも発生した。デマを流す人は大なり小なり発生するのだろう。彼らの考えは理解できないが、例えば著者が分析するように何かに対する後ろ暗さが原因ともなるかもしれないし、また例えば目立ちたいとかそう言ったのも原因になるのかもしれない。デマをデマと見抜くにはどうすれば良いのだろうか。事実のように聞こえるそれに踊らされないようにするため、考えるべきことはあると思う。

災害と言う時の中で

冷静を失わず、未来を見据えた行動を行うことができるといいね。

さて、色々と思う所があるのでリーダブルコードを2周め読もうかな。